最期の述懐

 本来、冒険者とは、その名の通り未知なる冒険に挑むものであろうけれども、それ
だけの力があるのだから有事の際には前線に立って戦ったり、民に害なすモンスタ
ーや変異動物などの退治をすることも本分といえばそうだろう。
 民の手助けとなり民を護るとグリモアに誓いを立てたればこそ、その「民のため」と
いう定義は広がるもので。
 言い方が悪いが便利屋のような依頼も、頼りにされているのだと思えば嬉しいことだ。
 この力が役に立つならば、強きを挫き、弱きを助ける。それこそ冒険者冥利に尽きる。
 冒険者だから出来ることをやれるのは幸せでもある。
「だからね、俺は人助け大好き。汚れ仕事もやるよ。偽善とか自己満足とか言われ
そうだけど」
 完全に否定は出来ないし、言いたいやつには言わせておくけれども。
 頼られたら応えたいじゃないか、その信頼には。
「戦争は… うん、誰に命令されたわけでもないし、怖いし、死にたくないけれど、レ
ルヴァからこっち、他人事じゃないなって思って。戦争の影に泣く人達がいるだろう?
 その人達を少しでも救えたら。俺には多少なりともその力があるから。仲間と協力
すれば、もっと大きな力になれるから。だから、行くんだ」
 そのために「高みに行く」名の示す通り。
 もう一つ、名が示すのは「獅子」。
 名の意味を正しく理解してくれた、かの騎士から贈られた騎士剣を帯び、それに愛
する天使から送られた武器飾りを添わせ、前を見据え、未来を切り拓くために戦場に
立つ。
 あの滅びた誇り高き種族には負けるけれど、己の信念に則り、定めた生き方に勝
っていればいい。
「………でも、死は唐突で、無慈悲で、誰にでも平等なんだな。そんな当たり前のこ
と、冒険者は常に死と隣り合わせだってこと、忘れてたわけじゃないけど。きっと自
分は大丈夫だって… まさか自分がって、考えてた」
 けれど、己の持てる力の全てを常に出すことが賢明ではない、その後の戦闘もあ
るのだから、との判断が今回は誤りだったことを身を持って知る。
 その小さなミスが取り返しのつかない事態を招いたと知らしめたのは、鎧聖の降臨
が間に合わず、ただの革鎧をつけたその身体をあっさりと抉ったアンデッドの爪や打
撃、その痛みが体幹を襲い、夥しい血が流されたとき。
 先陣を切るチームとして何体かのアンデッドを貫いたが、仲間も自分も浅からぬ傷
を負い。
 怒号。剣戟の音。悲鳴。断末魔。爆音。粉塵と異臭。
 あっという間だった。
 それは予想範囲内の乱戦で。
 けれど予想範囲外の運命で。
 神様はきっといる。
 けれど、忙しくて残酷なんだ。
 必死に打ち消してきたあれは、虫の報せというやつだったのか。
 目が霞む。
 膝を搗いた地面は生温かく湿っていた気がする。
 気が付けば静寂だった。何も感じない。痛みすら、無い。灰色の視界。
 こうなってはなりふり構わず退かなきゃ。そう思ったはずなのに。
 命がけとは、命を捨てることと決して同義ではない、そう考えて動くつもりだったのに。
 ほんの少し、間に合わなかった。
(………俺は、死んだのか)
 肉体を凌駕する魂の力は引き出されず、奇跡は起きなかったらしい。
 気が付けば、天使が泣いていた。
 泣かせないようにと思っていた天使が泣きじゃくっているのを見下ろしていた。
 あの日抱いた天使を。
 泣かせているのは俺自身。
(嘘だろ……)
 虫の報せがあったなら、かわしようもあったかもしれないのに、このザマは何だ。
 自分の身すら護れずに、愛しいものを護れようか。
 その可能性は失われた。
 遠く西方プーカ方面への任務に果敢に挑んでいった義弟のことが頭をよぎり、そし
て長い休暇をとっている吟遊詩人の友人の顔が浮かんでは消える。
(どうして… 何で、こんな、取り返しの付かないことに、俺は…!!)
 痛みを返せ。未来を返せ。この手に返してくれ。愛する日々を、仲間を、恋人を、可能性を!
 生きていられるなら、怪我の痛みなど何だ。それこそが生きている証。
 戦争の度に、冒険者を辞めざるを得なくなった者や何らかの理由で無謀な行動に
出る者など、無駄に命を捨てる者がいるようだ。自殺志願というやつか。
 生きろよ。命を捨てるなんて、どれだけ周りを悲しませるか分からないのか。
 命を粗末にする奴なんて、どんな理由があろうとも大嫌いだ。
 誰か、いらないならその命、くれませんか。
 俺はまだ、生きていたいんです。
 誰か、時間を戻してくれませんか。
 俺は、まだやりたいことがあるんです。
 誰か、もう一度チャンスをくれませんか。
 俺にはまだ、やらなければならないことがあるんです。
 誰か………
 泣けない存在になって、今までに無いくらい泣いた。
 今痛いのは身体ではなく心。
 たくさんの声が聞こえてくる。悼み悲しみ悔やむ声。こんなにもたくさん。
 俺は今まで何も聞いていなかったみたいに。たくさんの声が。
 それが救い。
 こんなにも愛されていたことを改めて知って、驚くと共に嬉しく、有り難く、だからこ
そ悔しさに涙が止まらない。
 応えられないことがもどかしくて悲しい。
 獅子になれず、ようやく猫になったばかりのこねこは、そうして泣き続けた。
 生き様に悔いは決して無いけれど、遣り残したことが多過ぎて。
(色んな人に散々死ぬなとか言っといて。俺が一番、約束破ってるじゃないか……)
 ごめんなさい。
 少し、泣かせて。
 自分の運命は必ず受け止める。
 受け入れて、笑顔で逝けるまで。
 もう少し、泣かせて。
 誇り高く往けるまで。
 ありがとう。
 さようなら。